今日のイエスの祈り

そっと目を閉じて、深呼吸をひとつ、してみませんか?

日々を過ごす中で、私たちの体や心、そして魂は、知らず知らずのうちにたくさんの言葉や情報に追われ、少し疲れてしまうことがあります。

そんなとき、ただ静かに心を落ち着かせ、自分自身を優しく包み込むための古い祈りの言葉があります。それが「イエスの祈り(イイススの祈り)」と呼ばれるものです。

言葉はとてもシンプルです。

「主・イエスキリスト、我を憐れみ給へ」
(または、心の中で「主イエス・キリストよ、私を憐れんでください」と唱えても構いません)

「憐れみ(あわれみ)」という言葉を聞くと、どこか申し訳ないような、重い気持ちを感じるかもしれません。でも、この祈りの古くからの背景にある「憐れみ」という言葉の根っこには、「傷を癒やす温かいオリーブオイルを塗る」「乾いた心に優しく降る恵みの雨」といった、深く温かい愛の意味が込められています。

つまりこの祈りは、自分を責めるためのものではなく、「どうか私の傷ついた心と体を、あなたの温かな愛で満たし、癒やしてください」と、大きな愛にすっぽりと包み込まれるための言葉なのです。

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### 体と心、そして魂(プシュケー)を休める過ごし方

もしよろしければ、好きな姿勢で、ゆったりと腰かけてみてください。

1. 体を緩める(息とともに)
息をふーっと吐き出し、肩の力を抜きます。
息を吸いながら「主・イエスキリスト」と心の中で呼びかけ、
息を吐きながら「我を憐れみ給へ」と、そっと言葉を流します。
波が寄せては返すような、自然なリズムに体をゆだねてみましょう。

2. 心(思考)を静める
頭の中に「あのお仕事をどうしよう」「明日の予定は」といった雑念が浮かんできても、大丈夫です。浮かんでは消えていく雲のように眺め、ただ静かに、また「我を憐れみ給へ」という優しい言葉の響きへと戻ってきます。

3. 魂(たましい;プシュケー)で味わう
東方の静寂の伝統では、私たちの魂のいちばん深いところには、神様の静けさとつながる「霊(たましい;プシュケー)の目」があると言われています。
理屈や考えを超えて、ただ「自分は愛されている」「ここにいて大丈夫なんだ」という深い安心感の中に、魂ごと深く沈み込んでいくような感覚です。

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特別な場所や、長い時間は必要ありません。
朝起きたときの1分間、通勤の途中のふとした瞬間、あるいは夜、眠りにつく前の静かな暗闇の中で。

この短い祈りは、いつでもあなたを「本当の静けさ」へと連れて行ってくれます。

「主・イエスキリスト、我を憐れみ給へ」

この温かな一言が、今日のあなたの体と心、そして魂に、柔らかな安らぎと光をもたらしますように。どうぞ、穏やかで優しい時間をお過ごしください。

動画はこちらからご覧いただけます。

イエスの祈り:YouTube

イエスの祈り:Substack

始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。

まりや ひかり すべての本

クリスチャン ヨシュア すべての本

祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わって、歓びに浸ってみませんか。
神は愛なり、愛は祈りなり、
神は愛と祈りと伴にあなたにあり。

Blessing : Art of Love and Benediction : 祝福:愛と感謝の祈りのアート

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