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通読:見えない戦争・コーカサスの山々・神の昇天の階段 (2026/10/01 06:13)

・ 見えない戦争 /・ (コーカサスの山々)遥かなる今此処に在る静寂の青き山 /・ 神の昇天の階段 見えない戦争 あなたは、そのような頭の中の心(思考・感情;ヌース)の世界(空間)中の思考や動きすべてを、ここに示した方法で打ち破り、その度に、それらとは反対の良い心(思考・感情;ヌース)を頭の心の中の空間に育て、植え付けるように努めるべきです。 不信仰の代わりに、神への堅実な信仰を、 不平不満の代わりに、神への心からの感謝を、 神を忘れることに代わりに、遍在する全知全能の神を常に深く思い起こすことを、 無知の代わりに明晰な熟考(霊(たましひ;プシュケー)からじっくりと考える)を、 キリストの救いの真理をすべて心(思考・感情)で思考し刻むことを、 理不尽の代わりに、善悪の判断において訓練された感覚を、 神を冒涜する心(思考・感情;ヌース)の代わりに、賛美と栄光の心(思考・感情;ヌース)を。 同様に、官能(肉の体の情欲)の代わりに、すべての禁欲、断食、自戒を、 名声を愛する代わりに、謙遜と無名への渇望を、 貪欲の代わりに、少しの満足と貧しさを。 また、怒りの代わりに柔和を、 憎しみの代わりに愛を、 嫉妬の代わりに慈憐を、復讐の代わりに赦しと安和(平安)を、 嘲笑の代わりに、思いやりを、 悪意の代わりに善意を。 聖マクシムスについて、次のように述べています。 「神°(しん;プネウマ)的な力によって、神への絶え間ない祈り、集中、神の真実の知識、神を求める強さ、完全な自己犠牲、すべての自己放縦の放棄、神を愛する強さ、これらをもって、あなたの心(思考・感情)を飾りなさい。神(かみ)の御言(みこと)は真実です。あなたの心の中の光は決して暗くなることはなく、悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)が、あなたの中に居場所を見つけることはできません。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』 (コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に...

通読:神との和解・巡礼者の魂の告白・フィロカリア抜粋要訳 (2026/10/01 05:00)

・ 神との和解 /・ 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白 /・ 巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約 神との和解 神自身の息を吹き込むほど愛されている存在なのです。 そしてさらに、主(ヤハウェ)イエス・キリストとして、具現化して現われ、この世から愛するあなたを救うために現われたのです。 聖書にあるように、わたしは救いです。 わたしは、救い主です。 わたしは、結一の救いです。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 神との和解: 聖書の目的;神の人類救済計画書 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白: 絶え間ないイエスの祈りの道しるべ;ロシア語原文より主イエス・キリストの憐れみと聖霊の助けによりて邦訳 主イエス・キリスト、我を憐れみ給へ;巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約: 主イエス・キリストの憐れみと聖霊の働きによりフィロカリアのギリシャ語原典とロシア語原文から抜粋要訳 ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』 (コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に在る静寂の青き山:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;イエスの祈りに依る見えない戦争の勝利 クリスチャン ヨシュア すべての本 まりや ひかり すべての本 打ち砕け情念を! 解き放て魂を! note 神の刻満ちて! 魂で生きよ! Substack イエスの祈りの動画はこちらからご覧いただけます。 イエスの祈り:YouTube イエスの祈り:Substack 祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。 神は愛なり、愛は祈りなり、 神は愛と祈りと伴にあなたにあり。 Blessing : Art of Love and Benediction : 祝福:愛と感謝の祈りのアート

フィロカリア全巻解説:第5巻 霊(たましひ;プシュケー)の上昇のために修行をする人々:第8章 新神学者聖シメオン (2026/10/01 04:59)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 主の平和と恵みが、皆さまの心臓の中の霊(たましひ;プシュケー)に豊かにありますように アトス山の静寂(ヘシュキア)に包まれた祈りの部屋より、愛するハリストス(キリスト)にある兄弟姉妹の皆さまへ、心からの敬意と祈りを込めてお応えいたします。私たちの主イイスス・ハリストス(キリスト)の無量の慈しみと、聖神°(せいしん;アギオン・プネウマ)の慰めが、皆さまの歩みを絶えず照らしてくださいますように。 今回私たちが共に紐解くのは、正教会神学における観照の至高の峰であり、聖師父たちの豊かな経験の結晶である『フィロカリア』第5巻より、新神学者聖シメオンによる「世俗の煩いに浸っている者には徳の完成は不可能だと主張する人々のための、信仰に関する説教と教え」、そして「祈りの三つの方法」に関する極めて深く、かつ実践的なテキストです。 現代を生きる多くの人々は、「多忙な日々の生活や世俗の務めの中では、神へと深く至る属神°(ぞくしん;プネヴマティコス;神の生命の息吹の働き)的修行など不可能だ」と思い込んでしまいがちです。しかし、聖シメオンはこのテキストを通じて、場所や境遇ではなく、心臓の中の霊(たましひ;プシュケー)における覚醒(ニスピ)と選択の自由、そして謙遜と素直な信仰こそが、天の光を開く鍵であることを鮮やかに示してくださいます。この教えを一つひとつ丁寧に紐解き、私たちの日常の信仰生活を照らす生きた糧としてまいりましょう。 第一章:都市の喧騒の中で天の光を見つめた若者ゲオルギオスの奇跡 聖シメオンは説教の冒頭で、聖なるダビデの言葉を引いています。「私は断食もせず、徹夜の祈りもせず、地に寝ることもせず、ただへりくだったのみであり、主は速やかに私を救われた」。ここに、私たちの信仰の根幹が示されています。謙遜を得ることには様々な困難が伴いますが、信仰を見出すことを妨げるものは何一つありません。信仰は神の賜物(ハリスマタ)であり、本性(フィシキ)の資質でありながら、私たちの選択の自由に従属しているからです。 この真実を証明するために聖シメオンが紹介するのが、かつてコンスタンティノポリスの街並みの中で暮らしていた二十歳ほどの若者、ゲオルギオスの物語です。彼は貴族の家の監督として多忙を極め、毎日宮殿に通い、多くの世俗の用事に追われていま...

フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/10/01 03:07)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 さもないと、私たちの頭の内の心(思考・感情;ヌース)は、うらみの闇に覆われて暗くなり、属神°(ぞくしん;プネヴマティコス)的な知識と識別の光から転げ落ちてしまい、聖神°(せいしん;アギオン・プネウマ)がその内に宿ることを失ってしまうのです。 このため、主は福音の中で命じておられます。 「ささげものを祭壇の上にささげようとするとき、まず兄弟と和解しなさい」(マタイによる福音書5章23節)。 なぜなら、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))に怒りとうらみを抱いたままでは、そのささげものは神の御前に喜ばれることができないからです。 また、使徒も私たちに同じように教えています。 「絶えず祈りなさい」(テサロニケの第一の手紙5章17節)。 「すべての場所において、怒りも不信の思いもなく、清い手を挙げて祈りなさい」(テモテへの第一の手紙2章8節)。 このことはつまり、私たちがもし怒りと憎しみを持ったままで祈るなら、使徒の命令に背くことになり、祈りが届かないということです。 ですから、私たちは怒りや憎しみを遠ざけて祈るよう心がけるしかありません。 また、兄弟が悲しんだり、心を乱したりすることがあっても、「自分のせいではない」と言って無関心でいることが、私たちの間では多く見られます。 しかし、霊(たましひ;プシュケー)の医師である主は、そのような言い訳を根から取り去ろうとされます。 主は命じておられます。 ささげものを祭壇に置き、兄弟と和解しなさいと。 それは、私たちが兄弟に対して怒っている場合だけでなく、その兄弟が私たちに対して怒っているとき、正しくても不当であっても、その兄弟の怒りを癒し、説明をして和解した後に、ささげものをささげなさい、ということです。 なぜ福音の命令をここまで詳しく述べるのでしょうか。 それは、旧約の律法からも同じことを学べるからです。 旧約は寛容だと思われがちですが、こう書いてあります。 「あなたの兄弟に対して心の中で憎しみを抱いてはならない」(レビ記19章17節)。 また、こうも書かれています。 「うらみを持つ者の道は死へと導かれる」(箴言12章28節)。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始ま...

第1巻:創世記: בראשית (ベレシート):初めに;ヤハウェの創世記 (2026/10/01 01:19)

ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 27 メトシェラのすべての日は、九百六十九年でした。 そして彼は死にました。 28 レメクは百八十二年生きて、息子を生み出させました。 29 レメクは息子の名をノア("わたし"ヤハウェ・エロヒムは慰め安らぎ)すなわち安息と呼んで言いました。 「この息子は、ヤハウェ・エロヒムが呪われた土地(アダマー)のによる、私たちの苦難と両手の労苦から、私たちを完全に安息を与えます。 」。 30 レメクがノアの父となった後、レメクは五百九十五を生き、息子と息女を生み出させました。 31 レメクのすべての日は七百七十七年でした。 そして彼は死にました。 32 ノアは五百歳のとき、 ノアは、セム(ヤハウェを奉る、名声)、ハム(ヤハウェに従う、焼けた)、ヤペテ(ヤハウェが拡げる、開かれた) を生み出させました。 すなわち、"わたし"ヤハウェ・エロヒムを奉るセトの系図のレメク(力強い)は、カイン系のレメクのヤハウェへの力強い叛逆と異なり、ヤハウェによるヤハウェへの力強い服従により、ヤハウェの力強い祝福を受け、大洪水の後の安らぎ、アダムの叛逆による労苦の慰めを得るノアを生み出しました。 ここに、"わたし"ヤハウェに従う者たちへのヤハウェの祝福を見ることができます。 今、”あなたたち”も、"わたし"ヤハウェ・ヤハシュア・メシアハ(主イエス・キリスト)の十字架の死の贖いと復活の永遠の生命の証明の救いに従い受け入れる者は、永遠の祝福を受けるのです。 第6章。 1 アダムの子孫は、この土地の面で増え始め、彼らの娘たちは、さらに増え始めていきました。 2 "わたし"ヤハウェ・エロヒムへ、叛逆するベネィハエロヒム(すなわち叛逆のエロヒムたち)は、アダムの子孫の娘たちが美しいのを見て、そのすべての女の中から選んで連れ去り自分たちの妻にしました。 "わたし"ヤハウェ・エロヒムは、ヤハウェに従う御使いのエロヒムのエロヒムたちに命じて、罪を犯した叛逆のエロヒムたちを容赦なく、鎖で縛り暗闇の底なしの穴タルタロスへ投げ込み、引き渡し裁きの時まで閉じ込めました。 3 このようなことがあ...

通読:見えない戦争・コーカサスの山々・神の昇天の階段 (2026/09/30 06:13)

・ 見えない戦争 /・ (コーカサスの山々)遥かなる今此処に在る静寂の青き山 /・ 神の昇天の階段 見えない戦争 さらに、悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)の動きを阻止したり破壊し、悪い心的な運動を永久に不可能にする為には、自分はいかなる侮辱にも値すると神°(しん;プネウマ)的に思考し、自分の中に侮辱やあらゆる種類の攻撃を、最も有益な苦い薬として、それらに出会い、受け入れる喜びを持つようになるまで、神°的な意味で高め希求をもします。 それらの真実を知り、愛し受け入れる準備を整えてください。それらに出会い、最も命を救う苦い薬として受け入れられることは喜びです。 さらに、頭の中の心(思考・感情;ヌース)を、心臓の中の霊(たましひ;プシュケー)へ、イエスの祈りとともに引き入れ定着させます。 悪魔(ディアボロス;神へ叛逆する者)が放つ悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)を頭の中の心(思考・感情;ヌース)の世界(空間)の中から追い出し、それを反対の神°徳、すなわち神への従順・謙遜に置き換えること、それが目に見えない戦争の目標です。 私は聖師父たちの導きに従って、あらゆる場合を想定した指示をあなたに提供します。 私たちの頭の中の心(思考・感情;ヌース)の世界(空間)の中には、悪魔(ディアボロス;神へ叛逆する者)的なもの、欲望的もの、過敏的ものという三つの部分または力があります。 あなたの心は、これら三つの力による損傷から間違った三つの思考の動きが生まれます。 1)悪魔(ディアボロス;神へ叛逆する者)の力は、神への恩知らず、不平不満、神の忘却、神聖なものについての無知、無謀、あらゆる種類の冒涜的な叛逆思考、動きです。 2)欲望の力からは、官能(肉の体の情欲)、名声への愛、お金への愛が、様々に変化を加えて生まれ、自己慢心の領域を構成します。 3)過敏の力から、怒り、憎しみ、妬み、復讐、嘲笑、悪意、その他すべての悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)が生まれます。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪...

通読:神との和解・巡礼者の魂の告白・フィロカリア抜粋要訳 (2026/09/30 05:00)

・ 神との和解 /・ 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白 /・ 巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約 神との和解 そして、聖書は神からのヤハウェ主イエス・キリストからのあなたへの全人類へのラブレターなのです。 神はあなたを愛してます。わたしはあなたを愛しています。 わたしたちは創世記にあるように、エロヒムとしてあなたたちを創り、そしてヤハウェ(主)としてあなたへ息を吹き込み命を入れたのです。 主なる神ヤハウェの息は命です。 あなたは主なる神の息で生きる神の子なのです。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 神との和解: 聖書の目的;神の人類救済計画書 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白: 絶え間ないイエスの祈りの道しるべ;ロシア語原文より主イエス・キリストの憐れみと聖霊の助けによりて邦訳 主イエス・キリスト、我を憐れみ給へ;巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約: 主イエス・キリストの憐れみと聖霊の働きによりフィロカリアのギリシャ語原典とロシア語原文から抜粋要訳 ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』 (コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に在る静寂の青き山:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;イエスの祈りに依る見えない戦争の勝利 クリスチャン ヨシュア すべての本 まりや ひかり すべての本 打ち砕け情念を! 解き放て魂を! note 神の刻満ちて! 魂で生きよ! Substack イエスの祈りの動画はこちらからご覧いただけます。 イエスの祈り:YouTube イエスの祈り:Substack 祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。 神は愛なり、愛は祈りなり、 神は愛と祈りと伴にあなたにあり。 Blessing : Art of Love and Benediction : 祝福:愛と感謝の祈りのアート

フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/09/30 03:07)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 金の価値があろうとなかろうと、盲目であることに違いはないのです。 このように、どんな理由、正当と思われるものであろうと、あるいは正当でないものであろうと、怒りが燃え上がれば、属神°(ぞくしん;プネヴマティコス)な視力は曇られてしまいます。 それでは、私たちは自然に怒りを用いるのは、怒りをむき出しの情念や快楽を求める考えに向けるときだけです。 預言者もこのように教えています。 「怒りなさい、しかし罪を犯してはなりません」と。 つまり、自分の情欲や悪い考えに対して怒りを持ちながらも、それらが命じるままに行って罪を犯してはならないということです。 そして続けてこう言います。 「あなたがたの心臓の奥底(すなわち霊(たましひ))で語ることについては、床の上で静かに思い巡らしなさい」(詩篇4篇5節)。 つまり、悪い考えが心臓の奥底(すなわち霊(たましひ))に浮かんできたら、怒りによってそれらを追い払い、その後、霊(たましひ;プシュケー)の静けさの中にあって、まるで寝床にいるかのようにしずかに悔い改めなさい、ということです。 このことは、幸いな使徒パウロも賛同していて、この詩句を引用し、こう付け加えています。 「日が沈むまでに、怒ったままでいてはいけません。 悪魔に隙を与えてはなりません」(エペソ4章27節)。 つまり、私たちは主イエス、義の太陽を、悪い考えに同意して怒らせることによって、心臓の奥底(すなわち霊(たましひ))から追い出してはならず、その結果、キリストが去るときに悪魔が入り込む場所を与えてはならないのです。 この太陽について、神は預言者を通してこう言っています。 「義の太陽が昇り、その翼には癒しの力がある」(マラキ4章2節)。 もしこの言葉を文字通りに受け取るなら、私たちは日没まで怒りを保ってはならないことになります。 私たちは、激情と心臓の中の霊(たましひ;プシュケー)の暴れた状態によって、ただ日の沈むまで怒りを抱えているだけではなく、何日ものあいだそれを抱き続けてしまうことについて、これをどう言いましょうか。 私たちはしばしば、言葉で怒りをあらわすことをせず、互いのあいだで沈黙をもって、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の中にうらみの毒...

第1巻:創世記: בראשית (ベレシート):初めに;ヤハウェの創世記 (2026/09/30 01:19)

ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 そして彼は死にました。 15 マハラレルは六十五年生きて、エレデ("わたし"ヤハウェは降る)の父となりました。 16 マハラレルがエレデの父となった後、 マハラレルは八百三十年生き、息子と息女を生み出させました。 17 マハラルエルのすべての日は八百九十五年でした。 そして彼は死にました。 18 エレデは百六十二年生き、エノク("わたし"ヤハウェに捧げた)の父となりました。 19 エレデがエノクの父となった後、八百年生き、息子と息女を生み出させました。 20 エレデのすべての日は、九百六十二年でした。 そして彼は死にました。 21 エノクは六十五年生き、メトシェラ("わたし"ヤハウェから遣わされた者)の父となりました。 22 エノクは、メトシェラを生ませた後、三百年、第ニの天(肉の体と心の目では、見ることのできない、"わたし"ヤハウェ・エロヒムに従う御使いのエロヒムたちの領域)と地円を昇り降りし、"わたし"ヤハウェ・エロヒムと共に歩みました。 そしてエノクは息子と息女を生み出させました。 23 エノクのすべての日は三百六十五年でした。 24 そしてエノクは、肉の体と心の目では、見ることのできない、"わたし"ヤハウェ・エロヒムに従う御使いのエロヒムたちの領域である第ニの天とこの地円を昇り降りして、ヤハウェ・エロヒムの御言の書を地に宣べ伝え、ヤハウェ・エロヒムと共に歩みました。 そしてエノクはいなくなりました。 なぜならヤハウェ・エロヒムはエノクを、第ニの天の最上層部(ヤハウェの絶対領域である第三天との接点)へ連れて行かれたからです。 これらのことは、エノクが書き記した書に詳しく書かれています。 "わたし"ヤハウェの憐れみにより、見えない領域(第ニの天)が見える目のある者は読むが良い。 25 メトシェラは百八十七年生き、レメク("わたし"ヤハウェは力強い)の父となりました。 26 メトシェラがレメクの父となった後、七百八十二年生き、息子と息女を生み出させました。 ©Christian Jo...

通読:見えない戦争・コーカサスの山々・神の昇天の階段 (2026/09/29 06:13)

・ 見えない戦争 /・ (コーカサスの山々)遥かなる今此処に在る静寂の青き山 /・ 神の昇天の階段 見えない戦争 「私は、悪魔の不正を憎み、嫌います。」(聖詠/詩篇119:163)。 「私は、悪魔を徹底して憎みます、彼らは私の敵です。」(聖詠/詩篇139:22)。 これの御言(みこと)は、悪魔と悪魔が投げつけてくる悪い心にとって強い打撃であり、彼らは遠ざかりますが、消えることはありません。 3) 主に叫びなさい。 「神よ、急ぎ我を救へ!主よ、急ぎ我を助け給へ!」(聖詠69:2/詩篇70:1) そして、悪魔(ディアボロス;神へ叛逆する者)の動きの痕跡がなくなり、頭の中の心(思考・感情;ヌース)と心臓の中の霊(たましひ;プシュケー)に安和(平安)が確立されるまで、主・イエス・キリストに叫び続けてください。 4) このようにして安和を築いたら、あなたを怒らせた人に、あなたは安和(平安)と好意、友好的な言葉、手近な行為などを示すようなことをしてください 。 これは聖ダビデが命じていることの成就です。 「悪から離れて、善を行いなさい。」(聖詠33:15 /詩篇34:14) この種の動きは、神への神°徳(信仰、希望、愛)の習慣に直接つながります。それは、あなたの頭の中の心(思考・感情;ヌース)の世界(空間)の中を、混乱させる悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)の動きとは正反対であり、このような働きは、頭の中の心(思考・感情;ヌース)で、悪魔と悪の心を打ち負かし死滅させます。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』 (コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に在る静寂の青き山:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;イエスの祈りに依る見えない戦争の勝利 神の昇天の階段: 天国へ至る道;イオアニス・クリマコス(梯子の聖ヨハネ) ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 神...

通読:神との和解・巡礼者の魂の告白・フィロカリア抜粋要訳 (2026/09/29 05:00)

・ 神との和解 /・ 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白 /・ 巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約 神との和解 わたしはわたしであると、旧約でも新約でも 聖書にあるようにわたしは言っています。 わたしはわたしである(記述者注: אהיה אשר אהיה)、わたしはわたしである(記述者注:εγω ειμι)と書かせています。 旧約から新約に至るまでつまり、昔あり、今あり、未来ある、永遠に在るわたしが新約旧約の作者です。 あなたが見ている世界を創造したわたしが永遠に創造している世界の解説書である聖書の作者です。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 神との和解: 聖書の目的;神の人類救済計画書 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白: 絶え間ないイエスの祈りの道しるべ;ロシア語原文より主イエス・キリストの憐れみと聖霊の助けによりて邦訳 主イエス・キリスト、我を憐れみ給へ;巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約: 主イエス・キリストの憐れみと聖霊の働きによりフィロカリアのギリシャ語原典とロシア語原文から抜粋要訳 ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』 (コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に在る静寂の青き山:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;イエスの祈りに依る見えない戦争の勝利 クリスチャン ヨシュア すべての本 まりや ひかり すべての本 打ち砕け情念を! 解き放て魂を! note 神の刻満ちて! 魂で生きよ! Substack イエスの祈りの動画はこちらからご覧いただけます。 イエスの祈り:YouTube イエスの祈り:Substack 祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。 神は愛なり、愛は祈りなり、 神は愛と祈りと伴にあなたにあり。 Blessing : Art of Love and Benediction : 祝...

フィロカリア全巻解説:第5巻 霊(たましひ;プシュケー)の上昇のために修行をする人々:第7章 無名の隠修者 (2026/09/29 04:58)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 はじめに:聖なる山アトスからの静かな挨拶と祈り 静寂(イシヒア)の光が満ちるアトス山の庵より、主・イイスス・ハリストスの愛と平和に結ばれた大切なあなたへ、心からの祝福と感謝を贈ります。日々の暮らしの中で、心の奥深い静けさを求め、真の神との交わりを希求しておられるあなたの歩みに、深く敬意を表いたします。 正教会の霊性、とりわけ『フィロカリア』の伝統において、私たちが最も頻繁に、そして最も深く唱える祈りがあります。それが「主、憐れみ給へ」という短い、しかし全宇宙を包み込むような絶えざる祈りです。今回取り上げる『フィロカリア全巻 第5巻 霊(たましひ;プシュケー)の上昇のために修行をする人々』の「第7章 無名の隠修者」によるテキストは、私たちが何気なく口にしているこの短い祈りに、どれほど計り知れない奥義と属神°(ぞくしん;プネヴマティコス;聖神°(聖霊)の働き)的な命が込められているかを、鮮やかに解き明かしてくれます。 「なぜ、これほどまでに祈っているのに、私の心は満たされないのだろう」「なぜ、神の平和を感じられないのだろう」と悩むハリスティニアン(クリスチャン)は少なくありません。無名の隠修者師父は、その原因が祈りの言葉の不足にあるのではなく、私たちが求めているものの「真の意味」を理解せずに、ただ機械的な習慣として口にしている点にあると優しく指し示してくださいます。この解説文を通じて、あなたの心臓の中の霊(たましひ;プシュケー)が覚醒し、心からの「主、憐れみ給へ」が主のもとへと届く豊かな実りの時となりますよう、共に聖師父の教えを紐解いてまいりましょう。 第1章:無意識の習慣を超えて――なぜ「主、憐れみ給へ」がむなしく響くのか 聖使徒たちの時代から、ハリスティニアン(クリスチャン)には絶えず祈るべき宝として「主、憐れみ給へ」、あるいは「主・イイスス・ハリストス、憐れみ給へ」という祈りが与えられてきました。これは修道士だけでなく、世にあって戦うすべての信徒にとっても、霊(たましひ;プシュケー)の呼吸そのものであります。 しかし、無名の隠修者師父は冒頭で、悲しむべき霊的な現実を告発します。今日、多くの人々がこの「主、憐れみ給へ」が意味するところを知らずに唱えているため、その叫びがむなしく、無益なものとなり、主の憐...

フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/09/29 03:07)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 さらに、神聖で真実の光を心が受け取ることもできません。 聖書にはこう書かれています。 「私の目は怒りのために乱れました」(詩篇6編8節)。 また、たとえ他人が私たちを非常に賢いと思っても、私たちは神の知恵にあずかることができません。 なぜなら「愚かな者の懐に怒りが宿る」と書かれているからです(伝道者の書7章9節)。 さらに、人が私たちを思慮深い者と思っても、私たちは識別の救いの思いを得ることができません。 「怒りは賢い者をも滅ぼす」と書かれているからです(箴言15章1節)。 また、慎重で冷静な心をもって正義を行うこともできません。 「人の怒りは神の義を実現しない」と書かれているからです(ヤコブの手紙1章20節)。 私たちは世間的で慎み深い態度も得ることができません。 「怒る人は世間的ではない」と書かれているからです(箴言11章25節)。 したがって、もし完全さに至りたいと望み、正しく属神°(ぞくしん;プネヴマティコス)な闘いを戦いたいなら、怒りや憤りの欠点から離れなければなりません。 使徒パウロという選ばれた器が命じることを聞くべきです。 「すべての憎しみ、怒り、憤り、叫び、悪口を、すべての悪とともにあなたがたから除き去りなさい」(エフェソ4章31節)。 「すべて」と言う言葉により、怒りを正当化する理由は何ひとつ残していません。 したがって、もし兄弟が罪を犯したときに彼を正そうとするなら、自分が病気にならないよう心を平静に保つように注意しなければなりません。 さもなければ、主の言葉「医者よ、まず自分をいやせ」(ルカ4章23節)を聞くことになるでしょう。 また、「兄弟の目の中のちりは見ているが、自分の目の梁木には気づかない」(マタイ7章3節)とも言われています。 なぜなら、どんな理由であれ怒りの動きが激しくなると、霊(たましひ;プシュケー)の目を曇らせ、義の太陽を見ることを妨げるからです。 それはまるで目に金の覆いをつけたり、鉛の覆いをつけたりする者のようで、視力を妨げる点で違いはありません。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見...

第1巻:創世記: בראשית (ベレシート):初めに;ヤハウェの創世記 (2026/09/29 01:19)

ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 "わたしたち"御父と御子と御霊である"わたし"ヤハウェ・エロヒムの姿形に似た絵にアダムすなわち人を形成し、"わたし"ヤハウェ・エロヒムの生命の息吹である御霊(みたま)を吹き込み御分霊(わけみたま)で生きる者としました。 2 "わたし"ヤハウェ・エロヒムは、男と女を創造しました。 完全に祝福し、創造された日に、彼らの名前をアダム(喜びの土地から形成され御分霊で生きる人)と呼びました。 3 アダムは、百三十年生きて、彼の像のように、彼自身の似姿の息子を生み出しました。 その名をセツ("わたし"ヤハウェに償われたも者;代わりの種(反逆者カインとは異なる系図))と呼びました。 4 アダムはセツの父になった後、八百年生きました。 アダムは他に息子と息女を生み出させました。 5 アダムが生きたすべての日は、九百三十年でした。 そして彼は死にました。 6 セツは百五歳のとき、エノシュ("わたし"ヤハウェの人)の父となりました。 7 セツがエノシュの父となった後、八百七年生き、息子と息女を生み出させました。 8 セトのすべての日は九百十二年でした。 そして彼は死にました。 9 エノシュは九十年生きて、ケナン("わたし"ヤハウェの所有)の父となりました。 10 エノシュがケナンの父となった後、八百十五年生き、息子と息女を生み出させました。 11 エノシュのすべての日は九百五年でした。 そして彼は死にました。 12 ケナンは七十年生き、マハラレル("わたし"ヤハウェ・エロヒムを賛美する)の父となりました。 13 ケナンがマハラレルの父となった後、八百四十年生きて、息子と息女を生み出させました。 14 ケナンのすべての日は九百十年でした。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 ヤハウェの創世記: 愛と感謝の祝福の聖書物語 ヨハネの福音書 ヤハウェがヨハネに啓示した救いの良き知ら...

通読:見えない戦争・コーカサスの山々・神の昇天の階段 (2026/09/28 06:13)

・ 見えない戦争 /・ (コーカサスの山々)遥かなる今此処に在る静寂の青き山 /・ 神の昇天の階段 見えない戦争 2) これがより成功し、良い結果をもたらすためには、この種の運動に対して、あなたの頭の中の心(思考・感情;ヌース)を誘拐し破壊しようとしている悪魔(ディアボロス;神へ叛逆する者)に対して、心臓の中の霊(たましひ;プシュケー)からの信仰を急いで燃えあがらせてください。悪魔から侵食してくる悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)に対して、神への信仰により怒ってください。 3) 同時に、私たちの救い主である主イエス・キリストに、あなたの神への信仰を助け、守り、強めてくださるよう訴えることを忘れないでください。なぜなら、主・イエス・キリストなしでは、私たちは何事においても成功することができないからです。つまり、何事もセネルギア(神との協働)なしでは、成し遂げることはできません。 4) 頭の中の心(思考・感情;ヌース)の世界(空間)の中で、誠実に起こされるこれら 3 つの内的戦いは、常にあなたに邪悪な動きに対する勝利をもたらします。しかし、これは悪魔(ディアボロス;神へ叛逆する者)を追い祓っているだけです。 悪魔が放つ悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)をまさに迎撃したいのであれば、今すぐ、悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)の動きがあなたを捕食しようとしたこととは反対のことをしてください。すなわち、神の方へ向き直り、神とのセネルギア(協働)をイエスの祈りにより行います。そして絶え間なく祈り続けてください。神(かみ)により、あなたは最終的に、経験しうる攻撃から完全に救い出されます。 これを例えで説明してみましょう。誰かが大なり小なり何かで、あなたを侮辱し、あなたはその人に報復しようと思考して不快感と苛立ちの悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)の動きを感じ始めたとします。 その時あなたは、頭の中の心(思考・感情;ヌース)の世界(空間)の中に注意を払い、これらの悪い心の動きは、あなたを良い方向に導くわけではないことを急いで気づいてください。 したがって、戦士の姿勢(エペソ6:11)をとって自分の心(思考・感情)を守りましょう。 1) 悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情) の動きを止め、それ以上、悪い心が、あ...

通読:神との和解・巡礼者の魂の告白・フィロカリア抜粋要訳 (2026/09/28 05:00)

・ 神との和解 /・ 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白 /・ 巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約 神との和解 喜び受け取り、豊かな人生を楽しみ喜び、そして永遠の命のわたしの中を永遠の命として永遠に喜び楽しむのです。 アーメン!ハレルヤー! 2章 永遠の創造者にして結一の救い主 つまり、ヤハウェはわたしであり、主イエス(ヨシュア)・キリストもわたしです。 旧約も新約もわたしが書いた書かせたものです。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 神との和解: 聖書の目的;神の人類救済計画書 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白: 絶え間ないイエスの祈りの道しるべ;ロシア語原文より主イエス・キリストの憐れみと聖霊の助けによりて邦訳 主イエス・キリスト、我を憐れみ給へ;巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約: 主イエス・キリストの憐れみと聖霊の働きによりフィロカリアのギリシャ語原典とロシア語原文から抜粋要訳 ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』 (コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に在る静寂の青き山:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;イエスの祈りに依る見えない戦争の勝利 クリスチャン ヨシュア すべての本 まりや ひかり すべての本 打ち砕け情念を! 解き放て魂を! note 神の刻満ちて! 魂で生きよ! Substack イエスの祈りの動画はこちらからご覧いただけます。 イエスの祈り:YouTube イエスの祈り:Substack 祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。 神は愛なり、愛は祈りなり、 神は愛と祈りと伴にあなたにあり。 Blessing : Art of Love and Benediction : 祝福:愛と感謝の祈りのアート

フィロカリア全巻解説:第5巻 霊(たましひ;プシュケー)の上昇のために修行をする人々:第5章 テッサロニキの聖シメオン (2026/09/28 04:58)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 聖なるアトス山の静寂より:主イイスス・ハリストスの甘美なる御名への招き 主の平和と愛が、これを読むあなたの上に豊かにありますように。私はアトス山の静かな庵におりまして、日々、神°(しん;プネウマ;神の生命の息吹)の静けさ(イシヒア)の中で主イイスス・ハリストスの甘美なる御名を呼ぶ恵みをあずかっております。私たちが修道修練の中で最も大切にし、片時も手放さない宝こそが、これからお話しする「イイススの祈り」であります。 今回、私たちは『フィロカリア全巻』第5巻「霊(たましひ;プシュケー)の上昇のために修行をする人々」より、第5章「テッサロニキの聖シメオン」ならびに第6章「聖マルコス・エヴゲニコス」の神聖なる教えを共に紐解いてまいります。この教えは、単なる知識ではなく、私たちが日々の生活の中で神°成(しんせい;テオーシス; 至聖三者の神の生命の衷に交わり・一致・結合する)に至り、至高の救いと平安を得るための生き通した実践の道標であります。どうぞ心を落ち着かせ、頭の内の心(思考・感情;ヌース)を静かにして、聖師父たちの愛に満ちた御言(ロゴス;御子;イイスス)に耳を傾けてみてください。 第1節:テッサロニキの聖シメオンが明かす「イイススの祈り」の計り知れぬ恩寵 1. 祈りの多面的な働きと霊(たましひ;プシュケー)の治癒 テッサロニキの聖シメオンは、私たちが口にする神聖なる祈り、「主・イイスス・ハリストス、神の子よ、我、罪人を・憐れみ・給へ」という呼びかけが、どれほど深遠で広大な力を持っているかを教えてくださいます。この祈りは、単に言葉を繰り返す作業ではありません。これは祈りであり、祈願であり、私たちの全存在をかけた信仰の告白なのです。 聖シメオンはこの短い呼びかけの中に、次のような数々の神聖な賜物(ハリスマタ)が含まれていると明かします。 聖神°(せいしん;アギオン・プネウマ)の授与: 使徒パウロが言うように、聖神°なしに「主・イイスス・ハリストス」と告白することはできません。この御名を呼ぶとき、聖神°が私たちの内に与えられます。 心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の清め: 神を見、神を呼び求めることによって、私たちの霊(たましひ;プシュケー)は内側から清められていきます。 悪霊(デモニア;...

フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/09/28 03:07)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 そうすれば、教父たちの足跡を辿りながら、修道院の規律と勤勉をいつまでも忘れず、この世を真に棄てることができるでしょう。 ここでひとつの聖なる言葉を思い出すのは良いことです。 カッパドキアのケサレアの主教、聖バシレイオスは、世を冷たく棄て一部の財産を残した執政官に対して、こう言ったと伝えられています。 「お前は執政官も失い、また修道者にもなれなかったのだ」と。 ゆえに、私たちは最大の悪の根源である金銭への愛着(欲深さ)を心から根絶しなければなりません。 根が残れば枝がすぐに伸びることをよく知っているからです。 しかし、この美徳を成し遂げることは簡単ではなく、共同体に属し続けなければ困難です。 なぜなら、共同体では必要最低限のものについても自分で心配しなくてよいからです。 私たちはアナニヤとサッピラの裁きの例を目の前にして、かつての財産の一部でも自分の手元に残そうとすれば身震いするべきです(使徒行伝5章1-10節)。 また、金銭への愛着のために永遠の重い皮膚病に陥ったゲエジの例を恐れ、かつては持っていなかったお金を自分のためにため込むことを慎まねばなりません(列王記下5章25節)。 さらに、イイスス(イエス)の弟子になった時に軽んじた財産の一部を取り戻そうとしたユダの首吊りを心に留め、修道者になってから捨てたものを取り戻そうとしないよう恐れるべきです(マタイ27章5節)。 何よりも、死の突然の訪れをいつも覚えていなければなりません。 私たちの主が予期せぬ時に来られ(マタイ24章44節)、もし私たちの良神°(りょうしん;シュネイデシス;行動の善悪を判断する属神°的な働き)が金銭への愛着によって汚されていたら、福音の中であの富める人に言われた言葉を、主は私たちにもおっしゃるでしょう。 「愚かな者よ、今夜、お前の霊(たましひ;プシュケー)は要求される。 お前が用意したものは誰のものになるのか」(ルカ12章20節)。 4 怒りの霊との闘いについて。 第四の闘いは、私たちの前にある怒りの霊との闘いです。 神の助けを得て、怒りの致命的な毒を心の奥底から断ち切らなければなりません。 なぜなら、この悪しき霊が私たちの心に居座り、心の目を暗い混乱で覆ってしまう限り...

第1巻:創世記: בראשית (ベレシート):初めに;ヤハウェの創世記 (2026/09/28 01:19)

ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 26 セトにもまた、息子が生まれました。 そして、セトは息子の名をエノシュ(弱い自我)と呼びました。 その時からヤハウェの御名を呼び始めました。 ヤハウェ・エロヒムは、アダムへ贖われた別の種族というセトという名の息子を恵みました。 このセトの系図は、後のノア、アブラハム、モーゼ、ダビデそして、”あなたたち”の贖いの存在ヤハウェ・ヤハシュア・メシアハ(主イエス・キリスト)へと続き、ヤハウェ・エロヒムの約束のナハシュの頭を踏み砕く、救いの存在の大いなる十字架の死の贖いと復活の永遠の生命の証明によるアダムたちの子孫の全人類の救いとなるのです。 セトの系図は、カインの系図の力強い自我という名のラメクとは、真逆の弱い力という名の息子のエノシュに現されるように、自分自身の力に頼りません。 カインは、自分たちがナハシュを頭目とする悪魔・悪霊たちに心(思考・感情)を支配されながら、悪魔・悪霊の支配するこの呪われた土地を、自我努力で切り開こうと自分たちの宗教・文化・文明を作り上げ、それにより、真の恵み深い支配者であるヤハウェ・エロヒムから離れ、ヤハウェの祝福を益々離れ、御分霊は衰え枯れていきました。 自分たちだけで労苦すればするほど、自分たちだけで考え思い行い為すほど、ナハシュの思惑どおり、恵み深い憐れみ深いヤハウェ・エロヒムの祝福から離れ、すべては徒労に終わる結果となりました。 そして、それは、今の時代の贖われていない全人類の末路です。 トツの種族(家系)は、ヤハウェ・エロヒムの種を宿す処女マリヤを生み、ヤハウェ・ヤハシュア・メシアハ(主イエス・キリスト)を授かる祝福を授かりました。 全人類は、悪魔の頭目のナハシュの頭を踏み砕いた十字架と復活の完全勝利を信じた者は、ヤハウェ・エロヒムの御霊を授かり、ヤハウェ・エロヒムの御霊の中にいて、そこから、ヤハウェ・エロヒムの平安と喜びが溢れ満ち溢れ、健康・幸福・繁栄が現れてきます。 トツの種族(家系)は、ヤハウェを称え祭り、ヤハウェの恵みを受け、ヤハウェの祝福に満ちたり、満ち溢れ大いに繁栄していきました。 後に聖書にあるように、「ヤハウェに感謝せよ。 ヤハウェの恵みは永遠成り。 ヤハウェに感謝せよ、ヤハウェの祝福は永遠成り。 ヤハウェに...

今日のイエスの祈り (2026/09/28 00:45)

ふと見上げた空の青さや、木々を揺らす柔らかな風に、思いがけず心がゆるむ瞬間はありませんか。 私たちの毎日は、たくさんの言葉や出来事で満ちています。そんな日常の中で、深く息を吐き出し、ただ静かに神様の温かな愛に身をゆだねるための言葉があります。それが、古くから大切に口ずさまれてきた「イエスの祈り(イイススの祈り)」です。 「主・イエスキリスト、我を憐れみ給へ!」 この短くも美しい言葉を、静かに、そしてゆっくりと心の中で繰り返していきます。 ここで祈られる「憐れみ」とは、決して恐れや反省だけを求めるものではなく、傷ついた私たちを優しく包み込んでくれる、溢れるほどの温かい慈しみのことです。息を吸い、吐き出す静かな呼吸とともにこの言葉を重ねていくと、波立っていた思いがしだいに静まり、体と心、そして霊(たましい;プシュケー)が深い安らぎへと満たされていきます。 毎日の祈祷や奉神礼、そして聖体礼儀の場でも大切に継承されてきたこの祈りは、私たちの内側に聖神°(聖霊)の温かな光を招き入れる小さな窓のような存在です。属神°(聖神°(聖霊)の働き)に心を開くとき、私たちは自分ひとりの力で抱え込んでいた重荷をやさしく手放し、神°成(神様の愛のお姿へと少しずつ似せられていく恵み)の歩みを穏やかに進めることができます。 道を歩いているとき、家事をしているとき、あるいは夜眠りにつく前の静かなひとときに。 生神女マリヤ様がそっと寄り添ってくださるように、この「主・イエスキリスト、我を憐れみ給へ!」という優しい祈りを、心の中に響かせてみませんか。 あなたの体と心、そして霊(たましい;プシュケー)が、今日も神様の温かな平安に包まれますように。 © Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 動画はこちらからご覧いただけます。 イエスの祈り:YouTube イエスの祈り:Substack 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 まりや ひかり すべての本 クリスチャン ヨシュア すべての本 祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わって、歓びに浸ってみませんか。 神は愛なり、愛は祈りなり、 神は愛と祈りと伴にあなたにあり。 Blessing : Art of Love and Benediction :...

通読:見えない戦争・コーカサスの山々・神の昇天の階段 (2026/09/27 06:13)

・ 見えない戦争 /・ (コーカサスの山々)遥かなる今此処に在る静寂の青き山 /・ 神の昇天の階段 見えない戦争 このような理由から、キリストにある私の最愛の兄弟よ、あなたが常に悪魔(ディアボロス;神へ叛逆する者)に征服されることを望んでいないのであれば、私たちの内なる闘いに、必然的に伴うキリストの軛と荷を負うことを愛することをお勧めします。これは賢明なシラクも次のように助言していることです。 「困難な仕事を憎んではなりません」(シラ 7:15)。 この戦いのすべては、これを基礎として成り立っているからです。あなたがこのキリストの軛と荷を負うことを容赦なく努力し、愛せば愛するほど、自分自身と自分の中にある高次の善に叛逆し、離れさせる悪魔とその手下悪い心に対して、より早くより完全に勝利を得ることができ、その結果、あなたは神のすべての神°徳と善で満たされるでしょう。 そうすれば神の安和があなたの中に確立されるでしょう。 第13章 言葉のない官能(肉の体の情欲)的な悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情) の誘惑とどのように戦わなければならないか、神°徳の方法を享受するためにあなたの心(思考・感情)が訓練しなければならない修行について 一方では言葉にならない官能(肉の体の情欲)的な悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情) が、もう一方では良神°(神が霊(たましひ;プシュケー)に書き記した律法)的すなわち霊(たましひ;プシュケー)に書き記された神の御旨が、あなたの心(思考・感情)をどちらかに引き寄せようと呼び寄せ合っています。 あなたの頭の中の心(思考・感情;ヌース)は、何方の声に聞き従いますか?。 もしあなたが誠実な佯狂者(ようきょうしゃ;神に熱狂的な聖なる愚者)であれば、あなたは良神°(りょうしん;シュネデシオス;神が霊(たましひ;プシュケー)に書き記した律法)にある神の御旨に聞き従ってください。あなたは、神の御旨を受け取り勝利するために、適切な方法を使用してください。 1) あなたの頭の中の心(思考・感情;ヌース)の世界(空間)の中で、低次の官能(肉の体の情欲)的で悪い心(デモニア;神に叛逆する思考・感情)的な動きを感じたらすぐに、全力でそれに抵抗し、例え少しでも心(思考・感情)がそれらに傾くことを全く許可しないでください。...

通読:神との和解・巡礼者の魂の告白・フィロカリア抜粋要訳 (2026/09/27 05:00)

・ 神との和解 /・ 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白 /・ 巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約 神との和解 結一、信じて受け取るだけです。 その信仰、信じて迎え入れることも聖書にあるようにカラシ種、つまり、ゴマ粒以下の小さな信仰で信じて迎い受け取ることができるのです。 それすらも、わたしに任せれば良いのです。 アーメン、確かに、ハイ!と。 ハレルヤ、ありがとう神よ!と。 ©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア 始まりのための終わりの時代だからこそ、 読書と祈りで、 自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。 神との和解: 聖書の目的;神の人類救済計画書 巡礼者が霊的師父に語った魂の告白: 絶え間ないイエスの祈りの道しるべ;ロシア語原文より主イエス・キリストの憐れみと聖霊の助けによりて邦訳 主イエス・キリスト、我を憐れみ給へ;巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約: 主イエス・キリストの憐れみと聖霊の働きによりフィロカリアのギリシャ語原典とロシア語原文から抜粋要訳 ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語 フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』 (コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に在る静寂の青き山:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;イエスの祈りに依る見えない戦争の勝利 クリスチャン ヨシュア すべての本 まりや ひかり すべての本 打ち砕け情念を! 解き放て魂を! note 神の刻満ちて! 魂で生きよ! Substack イエスの祈りの動画はこちらからご覧いただけます。 イエスの祈り:YouTube イエスの祈り:Substack 祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。 神は愛なり、愛は祈りなり、 神は愛と祈りと伴にあなたにあり。 Blessing : Art of Love and Benediction : 祝福:愛と感謝の祈りのアート

フィロカリア全巻解説:第5巻 霊(たましひ;プシュケー)の上昇のために修行をする人々:第4章 カタフィギのカリストス (2026/09/27 04:59)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 はじめに:アトス山の静寂から、主の愛する皆様へ 主イイスス・ハリストスの恵みと、父なる神°の愛、そして聖神°(せいしん;アギオン・プネウマ)の交わりが、この文章を開かれたすべての皆様の上に豊かにありますように。わたくしは、聖山アトスの隠遁修道士として、日々、祈りと静寂(ヘシュキア)の中で主の御顔を仰ぎ見ております。 正教会における霊的遺産の結晶である『フィロカリア』。その第5巻に収められた「カタフィギのカリストス師」の言葉は、まさに霊的(たましひの)登攀における最高峰の観照(セオリア;神に依りて照らしていただき観る)を示してくれる至高の光であります。 カリストス師は歴史上、その出自や隠遁の地について多くを知られておりません。しかし、彼が遺した章句を紐解くとき、私たちは彼が世俗の教養のみならず、属神°(ぞくしん;プネヴマティコス;神の生命の息吹の働き)的な識見において極めて高い領域に達していたことを直ちに知ることができます。師は恩寵(エヴェルゲスィエスィ)の助けによって、至聖三者(三位一体)の超実在に属する深遠な独一(どくいつ)者の御側へと高められ、地上の天使のごとく、恩寵により神のごとく見えたと伝えられています。 今回は、この聖なるテキストが持つ深遠な神学と、私たちが日々主とともに歩むための実践的な学びを、心を込めて丁寧に紐解いてまいりましょう。 1. 頭の内の心(ヌース)の本来の運動と「超越的独一者」への帰還 カリストス師の教えの根幹をなすのは、人間の中に与えられた「頭の内の心(思考・感情;ヌース)」の本来のあり方と、その目的地であります。師はテキストの冒頭において、生きとし生けるものがその本性(フィシキ)に従って安息と喜びを求めるように、人間の頭の内の心(ヌース)もまた、最高にして最善なるものを思惟するときに真の安息を得るのだと教えます。 頭の内の心(ヌース)の重要な特徴は、その運動に「永遠」という特性があり、絶え間なく無限に動く性質を持っている点です。したがって、もし頭の内の心(ヌース)が、有限で制限された被造物やこの世の事象の周りを動き回るならば、本来の無限の価値を満たすことができず、真の安息と静止を得ることはできません。被造物はすべて始まりと終わりを持ち、複合的で有限だからです。 頭の内の...

フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/09/27 03:07)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻 そして来て、わたしに従いなさい」(マタイ19章21節)。 こうして彼らは、無所有の徳よりも、自分の財を所有したままにして、それをもって困窮する者に施すほうが優れているのだ、と結論してしまうのです。 彼らはまだ世を棄てておらず、修道の完全さにも達していないのです。 なぜなら、使徒パウロのようにキリストのために貧しくなることを恥じず、自らの手の働きによって自分自身を養い、また必要な者たちに仕え、行いによって修道の誓いを全うし、使徒と共に栄光を得ることが求められているからです(使徒行伝20章34節)。 かつての財産を散らし去ったのち、飢えと渇きと寒さと裸の中で、パウロと共に良き戦いを戦い抜くべきです(テモテへの第二の手紙4章7節)。 もし使徒が、かつての財産のほうが人の完成のために有益であると知っていたならば、自らそれを軽んじることはなかったでしょう。 彼は著名なローマ市民でもありましたからです(使徒行伝22章25節)。 またエルサレムのキリスト者たちは、自らの家や田畑を売り、その代金を使徒たちの足元に置いていました(使徒行伝4章34節)。 もし使徒たちが、自分たちの必要を満たすために自らの手の労苦によらずに、他人の施しで養われることを良しとしていたなら、彼らはそうしなかったでしょう。 使徒パウロはローマの信徒にこう教えています。 「私は今、聖徒たちに仕えるためにエルサレムへ行きますが、彼らは助けを求めており、また彼らには借りがあるのです」(ローマ15章27節)。 また、自ら何度も囚われの身となり、長旅の苦難のためにいつものように手を使って働くことができず必要を満たせなかったパウロは、マケドニアから来た兄弟たちからの助けを受けてこう語っています。 「私の不足をマケドニアから来た兄弟たちが満たしてくれました」(コリントへの第二の手紙11章9節)。 フィリピの信徒にはこう書いています。 「私がマケドニアを去って以来、他の教会は私を助けませんでした。 ただあなたがただけが、テサロニケでも、一度や二度、必要を送ってくれました」(ピリピ4章15節)。 ゆえに、これらの者たちも、財を惜しみなく使徒に供したという点で、金銭を愛する者たちの目には使徒より幸福であると思われ...