フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/09/27 03:07)
フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻
そして来て、わたしに従いなさい」(マタイ19章21節)。
こうして彼らは、無所有の徳よりも、自分の財を所有したままにして、それをもって困窮する者に施すほうが優れているのだ、と結論してしまうのです。
彼らはまだ世を棄てておらず、修道の完全さにも達していないのです。
なぜなら、使徒パウロのようにキリストのために貧しくなることを恥じず、自らの手の働きによって自分自身を養い、また必要な者たちに仕え、行いによって修道の誓いを全うし、使徒と共に栄光を得ることが求められているからです(使徒行伝20章34節)。
かつての財産を散らし去ったのち、飢えと渇きと寒さと裸の中で、パウロと共に良き戦いを戦い抜くべきです(テモテへの第二の手紙4章7節)。
もし使徒が、かつての財産のほうが人の完成のために有益であると知っていたならば、自らそれを軽んじることはなかったでしょう。
彼は著名なローマ市民でもありましたからです(使徒行伝22章25節)。
またエルサレムのキリスト者たちは、自らの家や田畑を売り、その代金を使徒たちの足元に置いていました(使徒行伝4章34節)。
もし使徒たちが、自分たちの必要を満たすために自らの手の労苦によらずに、他人の施しで養われることを良しとしていたなら、彼らはそうしなかったでしょう。
使徒パウロはローマの信徒にこう教えています。
「私は今、聖徒たちに仕えるためにエルサレムへ行きますが、彼らは助けを求めており、また彼らには借りがあるのです」(ローマ15章27節)。
また、自ら何度も囚われの身となり、長旅の苦難のためにいつものように手を使って働くことができず必要を満たせなかったパウロは、マケドニアから来た兄弟たちからの助けを受けてこう語っています。
「私の不足をマケドニアから来た兄弟たちが満たしてくれました」(コリントへの第二の手紙11章9節)。
フィリピの信徒にはこう書いています。
「私がマケドニアを去って以来、他の教会は私を助けませんでした。
ただあなたがただけが、テサロニケでも、一度や二度、必要を送ってくれました」(ピリピ4章15節)。
ゆえに、これらの者たちも、財を惜しみなく使徒に供したという点で、金銭を愛する者たちの目には使徒より幸福であると思われるかもしれません。
しかし、そんな愚かなことを口にする者は一人もいないでしょう。
もし私たちが福音の戒めに従い、使徒たちによって初めから築かれた教会全体に従いたいのであれば、自分勝手な考えに頼ることもなく、また良く語られていることを誤って解釈することもしてはいけません。
むしろ、冷たくて信じない心を捨て去り、福音の真実を心にしっかりと刻み込むべきです。
©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア
始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
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そして来て、わたしに従いなさい」(マタイ19章21節)。
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なぜなら、使徒パウロのようにキリストのために貧しくなることを恥じず、自らの手の働きによって自分自身を養い、また必要な者たちに仕え、行いによって修道の誓いを全うし、使徒と共に栄光を得ることが求められているからです(使徒行伝20章34節)。
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もし使徒が、かつての財産のほうが人の完成のために有益であると知っていたならば、自らそれを軽んじることはなかったでしょう。
彼は著名なローマ市民でもありましたからです(使徒行伝22章25節)。
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もし使徒たちが、自分たちの必要を満たすために自らの手の労苦によらずに、他人の施しで養われることを良しとしていたなら、彼らはそうしなかったでしょう。
使徒パウロはローマの信徒にこう教えています。
「私は今、聖徒たちに仕えるためにエルサレムへ行きますが、彼らは助けを求めており、また彼らには借りがあるのです」(ローマ15章27節)。
また、自ら何度も囚われの身となり、長旅の苦難のためにいつものように手を使って働くことができず必要を満たせなかったパウロは、マケドニアから来た兄弟たちからの助けを受けてこう語っています。
「私の不足をマケドニアから来た兄弟たちが満たしてくれました」(コリントへの第二の手紙11章9節)。
フィリピの信徒にはこう書いています。
「私がマケドニアを去って以来、他の教会は私を助けませんでした。
ただあなたがただけが、テサロニケでも、一度や二度、必要を送ってくれました」(ピリピ4章15節)。
ゆえに、これらの者たちも、財を惜しみなく使徒に供したという点で、金銭を愛する者たちの目には使徒より幸福であると思われるかもしれません。
しかし、そんな愚かなことを口にする者は一人もいないでしょう。
もし私たちが福音の戒めに従い、使徒たちによって初めから築かれた教会全体に従いたいのであれば、自分勝手な考えに頼ることもなく、また良く語られていることを誤って解釈することもしてはいけません。
むしろ、冷たくて信じない心を捨て去り、福音の真実を心にしっかりと刻み込むべきです。
©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア
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