フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第1章 聖大アントニオス (2026/08/27 03:07)
フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻
人生の幻影によってかき乱される霊(たましひ;プシュケー)は、ふさわしいものから遠ざかってしまいます。
永遠の善きものには、わたしたちの霊(たましひ;プシュケー)の徳が先立ち、永遠の刑罰には、人間の意志による悪が原因となるのです。
79 理知的な人は、五つの感覚──視覚・嗅覚・聴覚・味覚・触覚──を通して属神°(ぞくしん;プネヴマティコス)な情欲から戦いをしかけられます。
この五感を通して四つの情欲に屈すると、惨めな霊(たましひ;プシュケー)は捕らえられてしまいます。
それは虚栄、喜び、怒り、臆病という四つの霊(たましひ;プシュケー)の情欲です。
ですから、人が思慮深さと繰り返しの思索をもって良き指揮官のようにこれらの情欲を支配し、打ち勝つならば、もはやこれらに戦いを挑まれることはなく、霊(たましひ;プシュケー)のうちに平安を得て、勝利者として神から冠を授かるのです。
80 宿屋に泊まる人々の中には、寝床を得る人もいれば、寝床を持たずに床に寝て、それでも寝床で寝ている人と同じようにいびきをかく人もいます。
そして夜が過ぎると、朝早くに彼らは皆、寝床や宿屋を後にして、ただ自分の物だけを携えて去っていきます。
同じように、この世に生まれるすべての人、貧しい者も、富める者も、名のある者も、皆、この世を宿屋のように後にして去り、人生の楽しみや富の何一つも持っていかずに、ただその人が生きている間にした善い行いか悪い行いだけを携えて去っていくのです。
81 高い権威を持っているならば、だれかを簡単に死でおどしてはいけません。
なぜなら、あなた自身も本来、死に従う身であり、霊(たましひ;プシュケー)は最後の衣服のように身体を脱ぎ捨てるものだからです。
これを心にとめて、常に柔和を身につけ、善を行い、絶えず神に感謝し続けるように努めるべきです。
なぜなら、他の人に憐れみをかけない人は、自分のうちに徳を持っていないからです。
82 死は、避けることも逃れることもできません。
このことを本当に思慮深い人々、徳を鍛え、神に喜ばれる思いを養った人々は知っていて、ため息や恐れや過度の悲しみをもってではなく、これを避けられないものとして受け入れ、むしろこれによってこの世の悪や苦しみから解放されるのだと考えるのです。
83 神に喜ばれる善き生き方をすっかり忘れ、正しい神に喜ばれる教えを信じない人々を、わたしたちは憎んではならず、むしろ哀れむべきです。
なぜなら、彼らの霊(たましひ;プシュケー)の識別の力は損なわれ、心臓の奥底(すなわち霊(たましひ))と頭の内の心(思考・感情;ヌース)は盲目だからです。
彼らは、悪を善と受け入れ、神を知らないために、哀れにも滅びてしまうのです。
84 徳と信心について大勢の人々に語ることは避けなければなりません。
これは嫉みから言うのではなく、愚かな人々にはあなたが滑稽に見えるからです。
始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
フィロカリア 神の徳(アレテ;神への帰還) を 愛する者たちの書 第1巻: 聖なる目覚めの人々(内的な目覚め・慎しみの修道者たち)
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『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』
(コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に在る静寂の青き山:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;イエスの祈りに依る見えない戦争の勝利
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イエスの祈りの動画はこちらからご覧いただけます。
イエスの祈り:YouTube
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祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。
神は愛なり、愛は祈りなり、
神は愛と祈りと伴にあなたにあり。
Blessing : Art of Love and Benediction : 祝福:愛と感謝の祈りのアート
人生の幻影によってかき乱される霊(たましひ;プシュケー)は、ふさわしいものから遠ざかってしまいます。
永遠の善きものには、わたしたちの霊(たましひ;プシュケー)の徳が先立ち、永遠の刑罰には、人間の意志による悪が原因となるのです。
79 理知的な人は、五つの感覚──視覚・嗅覚・聴覚・味覚・触覚──を通して属神°(ぞくしん;プネヴマティコス)な情欲から戦いをしかけられます。
この五感を通して四つの情欲に屈すると、惨めな霊(たましひ;プシュケー)は捕らえられてしまいます。
それは虚栄、喜び、怒り、臆病という四つの霊(たましひ;プシュケー)の情欲です。
ですから、人が思慮深さと繰り返しの思索をもって良き指揮官のようにこれらの情欲を支配し、打ち勝つならば、もはやこれらに戦いを挑まれることはなく、霊(たましひ;プシュケー)のうちに平安を得て、勝利者として神から冠を授かるのです。
80 宿屋に泊まる人々の中には、寝床を得る人もいれば、寝床を持たずに床に寝て、それでも寝床で寝ている人と同じようにいびきをかく人もいます。
そして夜が過ぎると、朝早くに彼らは皆、寝床や宿屋を後にして、ただ自分の物だけを携えて去っていきます。
同じように、この世に生まれるすべての人、貧しい者も、富める者も、名のある者も、皆、この世を宿屋のように後にして去り、人生の楽しみや富の何一つも持っていかずに、ただその人が生きている間にした善い行いか悪い行いだけを携えて去っていくのです。
81 高い権威を持っているならば、だれかを簡単に死でおどしてはいけません。
なぜなら、あなた自身も本来、死に従う身であり、霊(たましひ;プシュケー)は最後の衣服のように身体を脱ぎ捨てるものだからです。
これを心にとめて、常に柔和を身につけ、善を行い、絶えず神に感謝し続けるように努めるべきです。
なぜなら、他の人に憐れみをかけない人は、自分のうちに徳を持っていないからです。
82 死は、避けることも逃れることもできません。
このことを本当に思慮深い人々、徳を鍛え、神に喜ばれる思いを養った人々は知っていて、ため息や恐れや過度の悲しみをもってではなく、これを避けられないものとして受け入れ、むしろこれによってこの世の悪や苦しみから解放されるのだと考えるのです。
83 神に喜ばれる善き生き方をすっかり忘れ、正しい神に喜ばれる教えを信じない人々を、わたしたちは憎んではならず、むしろ哀れむべきです。
なぜなら、彼らの霊(たましひ;プシュケー)の識別の力は損なわれ、心臓の奥底(すなわち霊(たましひ))と頭の内の心(思考・感情;ヌース)は盲目だからです。
彼らは、悪を善と受け入れ、神を知らないために、哀れにも滅びてしまうのです。
84 徳と信心について大勢の人々に語ることは避けなければなりません。
これは嫉みから言うのではなく、愚かな人々にはあなたが滑稽に見えるからです。
始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
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祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。
神は愛なり、愛は祈りなり、
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