フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第1章 聖大アントニオス (2026/09/01 03:07)
フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻
101 熱考(霊からじっくりと考える)しない霊(たましひ;プシュケー)は、永遠のものとして存在し、身体の上に立つ立場であるのに、快楽によって身体の奴隷となってしまい、身体的な楽しみが霊(たましひ;プシュケー)を損なうものであることを理解しません。
無感覚と愚かさのうちに陥り、ただ身体の楽しみに心を向けます。
102 神は善なるお方であり、人間は悪を行います。
天には一つも悪いものはなく、地上には一つも純粋な善はありません。
理知的な人は、より良いものを選び、万物の神を知り、その神に感謝し、賛美します。
そして生きているあいだ、自分の身体を抑えて、悪い欲望を自分に行わせません。
なぜなら、その欲望が人を滅びへ導く力を持つことを知っているからです。
103 悪を好む人は貪欲を愛し、正義と徳を軽んじます。
そして、人生の不確かさや乱れや短さを思いません。
また、死が避けられず、どんな贈り物でも死を引きとめることはできないのに、それも考えません。
もし老いて、なお醜く、愚かであれば、その人は何の役にも立たない腐った木のようなものです。
104 私たちは、まず悲しみや苦しみを味わったあとに、初めて喜びや楽しみを感じるものです。
たとえば、渇かなければ水を美味しく飲むことはできませんし、飢えなければ食事を美味しく味わうことはできません。
また、ひどく眠くならなければ、心地よく眠ることもできませんし、悲しむことがなければ本当の喜びを味わうこともできません。
同じように、永遠の善きものを楽しむためには、一時的で短いものを軽んじなければならないのです。
105 理知は頭の内の心(思考・感情;ヌース)のしもべです。
頭の内の心(思考・感情;ヌース)が望むことを、理知が解き明かし、言葉にします。
106 頭の内の心(思考・感情;ヌース)は、天にあるものさえすべてを見ます。
それを暗くするものは、ただ罪だけです。
清らかな頭の内の心(思考・感情;ヌース)にとって、理解できないものは何ひとつありません。
始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
フィロカリア 神の徳(アレテ;神への帰還) を 愛する者たちの書 第1巻: 聖なる目覚めの人々(内的な目覚め・慎しみの修道者たち)
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101 熱考(霊からじっくりと考える)しない霊(たましひ;プシュケー)は、永遠のものとして存在し、身体の上に立つ立場であるのに、快楽によって身体の奴隷となってしまい、身体的な楽しみが霊(たましひ;プシュケー)を損なうものであることを理解しません。
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天には一つも悪いものはなく、地上には一つも純粋な善はありません。
理知的な人は、より良いものを選び、万物の神を知り、その神に感謝し、賛美します。
そして生きているあいだ、自分の身体を抑えて、悪い欲望を自分に行わせません。
なぜなら、その欲望が人を滅びへ導く力を持つことを知っているからです。
103 悪を好む人は貪欲を愛し、正義と徳を軽んじます。
そして、人生の不確かさや乱れや短さを思いません。
また、死が避けられず、どんな贈り物でも死を引きとめることはできないのに、それも考えません。
もし老いて、なお醜く、愚かであれば、その人は何の役にも立たない腐った木のようなものです。
104 私たちは、まず悲しみや苦しみを味わったあとに、初めて喜びや楽しみを感じるものです。
たとえば、渇かなければ水を美味しく飲むことはできませんし、飢えなければ食事を美味しく味わうことはできません。
また、ひどく眠くならなければ、心地よく眠ることもできませんし、悲しむことがなければ本当の喜びを味わうこともできません。
同じように、永遠の善きものを楽しむためには、一時的で短いものを軽んじなければならないのです。
105 理知は頭の内の心(思考・感情;ヌース)のしもべです。
頭の内の心(思考・感情;ヌース)が望むことを、理知が解き明かし、言葉にします。
106 頭の内の心(思考・感情;ヌース)は、天にあるものさえすべてを見ます。
それを暗くするものは、ただ罪だけです。
清らかな頭の内の心(思考・感情;ヌース)にとって、理解できないものは何ひとつありません。
始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
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