今日のイエスの祈り (2026/08/27 15:49)

ふう、と深く息を吐き出したとき、胸の奥にそっと満ちてくる静けさがあります。あたかも、やわらかな木漏れ日が、傷ついた葉っぱを優しく包み込んでいくかのように。

私たちの日常には、言葉にならない思いや、知らず知らずに溜まってしまう小さな疲れがありますよね。そんなとき、からだの力を抜き、心と霊(たましい;プシュケー)をそっと休ませてあげるための、古くから大切に受け継がれてきた美しい祈りの言葉があります。

それが、「イエスの祈り(イイススの祈り)」と呼ばれる、とてもシンプルな言葉です。

「主・イエスキリスト、我を憐れみ給へ!」

この短く尊い祈りを、ご自分の自然な呼吸に合わせるようにして、ゆっくりと心の中で繰り返していきます。たとえば、息を吸いながら「主・イエスキリスト」、吐きながら「我を憐れみ給へ」と唱えてみます。

ここでいう「憐れみ」とは、決して責めたり悲しんだりする言葉ではありません。そのもとの意味は「やわらかなオイルを注いで傷を癒やす」「温かい慈しみで包み込む」という、どこまでも優しい愛のニュアンスを含んでいます。

まるで、慈愛に満ちた生神女マリヤが幼い子どもを抱きしめるように、神様の温かな光が、あなたの疲れたからだ、もつれた思考、そして霊(たましい;プシュケー)のすみずみにまで染みわたっていく時間です。

静かにこの祈りを重ねていくと、私たちの内側に聖神°(聖霊)がそっとそよ風のように働きかけ、自分ひとりでは作り出せない属神°(聖神°(聖霊)の働き)に満ちた深い安らぎが広がっていきます。頭の中のざわめきがすーっと静まり、心臓の鼓動と呼吸が整って、からだ全体が解きほぐされていくのを感じられるでしょう。

この祈りは、私たちが神様の温かな愛とひとつになっていく神°成へと続く、小さくも確かな小道です。特別な準備も場所も要りません。教会での日々の祈祷や、共に集う奉神礼、恵みにあずかる聖体礼儀の時はもちろんのこと、道を歩いているとき、家事をしているとき、あるいは夜眠りにつく前のベッドの中でも、いつでもあなたの胸の奥が、神様と出会う穏やかなお部屋になります。

どうか今日、あなたのからだ、心、そして霊(たましい;プシュケー)が、この一言の祈りを通して、深くやさしい休息に包まれますように。

「主・イエスキリスト、我を憐れみ給へ!」

ただ呼吸するように、この慈しみの言葉を、あなたの胸にそっと響かせてみてくださいね。

動画はこちらからご覧いただけます。

イエスの祈り:YouTube

イエスの祈り:Substack

始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。

まりや ひかり すべての本

クリスチャン ヨシュア すべての本

祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わって、歓びに浸ってみませんか。
神は愛なり、愛は祈りなり、
神は愛と祈りと伴にあなたにあり。

Blessing : Art of Love and Benediction : 祝福:愛と感謝の祈りのアート

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