聖書全巻解説:第1巻:創世記: בראשית (ベレシート):初めに;ヤハウェの創世記 第23章 (2026/09/06 02:59)

ヤハウェの第一人称の愛と感謝の祝福の聖書物語

はじめに:約束の地における愛と信仰の絆

聖書をお読みになる皆様、主ヤハウェ・エロヒムの豊かな恵みと平安が、皆様の心に溢れますように。今回は創世記第23章の素晴らしい御言葉を深く味わい、神様の深い愛と、アブラハムの生き生きとした信仰の歩みについて学んでまいりましょう。

創世記第23章は、アブラハムの最愛の妻であり、全地円のすべての諸国民の王の恵みの母であるサラの最後と、彼女を葬るための墓地の購入という出来事が記されています。一見すると、ただの悲しい別れや土地の売買の記録のように見えるかもしれません。しかし、ここには主ヤハウェ・エロヒムが与えられた遠大な約束と、見えないものを見つめるアブラハムの真の信仰が色濃く描き出されているのです。

愛するサラの死という深い悲しみの中で、アブラハムがどのように立ち上がり、見えない全天地の支配者に目を向けたのか。そして、この「マクペラの洞穴」の購入が、単なる墓地以上のどのような霊的意味を持っていたのかを、順を追って丁寧紐解いていきましょう。

第一節:サラの生涯の完了と寄留者としての決意(1〜4節)

サラの生涯は百二十七年でした。彼女は約束の地カナンのヘブロン(キルヤテ・アルバ)でその生涯を閉じました。アブラハムにとって、サラは長年苦楽を共にし、神様の約束を共に待ち望み、不妊の苦しみを超えて約束のchildであるイサクを授かった大切な妻でした。アブラハムが彼女のために悲しみ、深く嘆いたのは、人間としての当然の愛であり、真情の現れです。

しかし、アブラハムはただ悲しみに沈み続けるだけではありませんでした。3節には「アブラハムは、死者の前から立ち上がって」とあります。この「立ち上がる」という行動には、悲しみを受け入れた上で、神様が次に示される御心へと歩み出す霊的な力強さが秘められています。

アブラハムはヘテ人たちに向かってこう告げます。「私はあなたたちの中に寄留している異邦人ですが、あなたたちのところで私有の墓地を譲っていただきたい。」

アブラハムは神様からカナンの地を与えると約束されていましたが、現実にはまだ自分自身の土地を一坪も所有していませんでした。彼は自らを「寄留している異邦人」と謙遜に称します。これは彼が地上での所有に執着せず、真の故郷を神様のもとに見出していたことを示しています。しかし同時に、妻を正当な手続で敬意をもって埋葬するために、自らの所有地として墓地を買い取ることを願ったのです。

第二節:人々の敬意と「ヤハウェ・エロヒムの御稜威」への平伏(5〜8節)

アブラハムの謙遜な願いに対し、ヘテ人たちは最大級の敬意をもって応えます。「ご主人、私たちの言うことを聞き入れてください。あなたは私たちの間にあって、ヤハウェ・エロヒムの司です。」(6節)

ヘテ人たちは、アブラハムの背後に特別な神の祝福と存在を感じ取っていました。土地を持たない寄留者でありながら、アブラハムは周囲の人々から「神の司(貴族、指導者)」として高く評価されていたのです。彼らは「最上の墓地に無料で奥様を埋葬してください」と申し出ました。

ここで大変注目すべきは、7節の霊的な解説です。アブラハムはヘテ人たちに対して身を伏せ、平伏しましたが、聖書は明確にこう語っています。 「アブラハムは、彼らにではなく、見えない"わたし"ヤハウェ・エロヒムに平伏したのです。ヤハウェ・エロヒムの御稜威(みいづ)に平伏したのです。」

アブラハムの目は、目の前にいる異邦人の人々を超えて、全天地を支配される目に見えない主ヤハウェ・エロヒムの御稜威、すなわち神様の絶対的な威厳と栄光に向いていました。人間的な好意や条件に感謝しつつも、自らの心の主軸は常に神様ご自身に向けられていたのです。私たちの日常の交わりや社会生活においても、周囲の人々の優しさの背後に働いておられる神様の御手に気づき、神様に第一の感謝と礼拝を捧げるアブラハムの姿は、大きな模範となります。

第三節:エフロンとの交渉と真の価値の主張(9〜15節)

アブラハムは、ツォハルの子エフロンが所有する「マクペラの洞穴」とその畑地を譲ってほしいと願いました。そして、タダでいただくのではなく、「充分な銀の値をつけて」私有の所有地として買い取りたいと申し出ます。

これに対し、エフロンは町の門の中にいるすべてのヘテ人の前で「畑も洞窟もあなたに差し上げます」と公言します(11節)。古代近東の文化や交渉の様式において、これは一見すると気前の良い贈り物のように思えますが、アブラハムはあえてそれを無料で受け取ることを辞退しました。

なぜアブラハムは、無料の申し出を断り、正当な価格を支払うことにこだわったのでしょうか。

12節には、聖書本文の極めて深い解説が示されています。 アブラハムはその地の民の前で、再び身を伏せました。それは「この地に潜んでいるエロヒムをも、従わざるを得ない、全天地の創造者にして支配者”わたし”ヤハウェ・エロヒムの御稜威に平伏した」のです。 このカナンの地には、神に叛逆する霊的な勢力(叛逆のエロヒム)や異教の文化が潜んでいました。しかし、全天地の支配者ヤハウェ・エロヒムの御稜威が臨在するとき、いかなる叛逆者も服従せざるを得ません。アブラハムは、霊の目を開かれ、見えない世界の圧倒的な光景と神の支配の真実を見させていただき、畏れ敬って平伏したのです。

アブラハムは、後々になって「自分たちがアブラハムに土地を恵んでやった」とヘテ人に言われる余地を残さず、また異教的な関わりを断ち切るために、正当な代価を支払って神の約束に基づく法的・永続的な所有権を確立しようとしたのです。

第四節:遠くを見つめる信仰と「カイロスの時」の祝福(16〜18節)

アブラハムは、エフロンが提示した当時の標準的な提示額である「銀貨四百シェケル」を、通り相場に従って正確に量って支払いました(16節)。この金額は、墓地としては決して安くない、むしろ大変価値ある高額な代価でした。

しかし、アブラハムがこの代金を支払った動機は、単に愛妻サラの墓地を手に入れるためだけではありませんでした。聖書本文は、アブラハムの心の奥底にあった壮大な「霊的遠望」を明かしています。

アブラハムは、遠くを見つめていたのです。この代金は、ただの洞窟や一区画の畑地の代価ではなく、将来ヤハウェ・エロヒムがご自身の約束に従って彼とその子孫に与えてくださる「カナンの全地の土地代」の先払いであり、手付金であると受け止めていたのです。

さらにアブラハムには、全天地の支配者ヤハウェ・エロヒムから与えられた「全地円のすべての諸国民の祝福の父」としての自覚があり、サラを「全地円のすべての諸国民の王の恵みの母」として尊重する確固たる信仰がありました。この地を購入することは、神の約束が肉体的な現実として歴史の中に成就していく最初の第一歩であったのです。

この箇所には、読者である私たちに対する直接的な恵みのメッセージが記されています。 「そして、この書を読ませていただいている選ばれた”あなた”は、アーメン(真)に聞かなければなりません。」

神様は、後に使徒パウロを通して書かせたように(第二コリント4:18など)、今私たちの肉の心の目、肉の体の目で見えている目先の祝福だけでなく、まだ見えていない約束された偉大な永遠の祝福を、神を信じて迎えた者に見せてくださっています。神様が見せてくださった祝福は、人間的なタイミングではなく、神様の完全な時――「カイロスの時」――に必ず実現します。

アブラハムに対する約束が何百年後にイスラエル民族を通して、そして最終的にイエス・キリストを通して成就したように、聖書に記された神の約束は一つとして不成就に終わることはありません。叛逆する者は自らの不従順によって呪いを招きますが、主に従い、主を信頼する者には、神様の豊かな祝福が恵みとして注がれるのです。

第五節:永遠の所有権と約束の地の第一歩(19〜20節)

こうして、マムレの前にあるマクペラのエフロンの畑地、その中の洞窟、周りの境界にあるすべての木々が、ヘテ人の目の前で、法的にも完全にアブラハムの確固たる所有物として決定しました(17-18節)。

契約が成立した後、アブラハムは妻サラをマクペラの畑地の洞穴に手厚く葬りました。 20節には、「こうして、この畑地とその中の洞窟は、ヘテ人から離れて、アブラハムの私有の墓地としてアブラハムに所有地となりました」と締めくくられています。

「ヘテ人から離れて」という言葉は、霊的に大変深い意味を持っています。それは、世の所有や異教の力から完全に引き離され、主ヤハウェ・エロヒムの聖なる約束と祝福の領域へと移されたことを意味します。

このマクペラの洞穴は、後にサラだけでなく、アブラハム自身、息子のイサクとその妻リベカ、孫のヤコブとその妻レアも葬られる場所となりました。イスラエルの先祖たちが約束の地に眠るこの聖なる場所は、世代を超えて神の約束が生き続けていることの動かぬ証拠となったのです。

現代に生きる私たちへの霊的学びと適用

創世記第23章から、私たちはどのような霊的な深みと学びを得ることができるでしょうか。主ヤハウェ・エロヒムがこの御言葉を通して私たちに教えてくださっている愛のメッセージを、三つのポイントで振り返ってみましょう。

1. 目の前の現実に惑わされず、見えない神の約束に生きる

アブラハムはサラの死という人生の大きな試練と悲しみの中にありました。地上では一坪の土地も持たない寄留者に過ぎませんでした。しかし、彼は肉の目で見える現実ではなく、ヤハウェ・エロヒムが約束された見えない永遠の御言葉に目をとめました。 私たちも人生の途上で、失意や悲しみ、あるいは約束がまだ実現していないように見える状況に直面することがあります。しかし、見えない神の御稜威を仰ぎ見るとき、私たちは失望を乗り越えて「立ち上がる」力を与えられます。

2. 神の祝福を正当に重んじ、真実な歩みをなさる神に感謝する

アブラハムは、世の好意や無料の申し出に安易に妥協せず、正当な代価を支払ってマクペラの地を取得しました。神様がくださる約束や祝福は極めて尊く、価値あるものです。 私たちは神様から受け取った恵みや約束を軽く扱わず、真実と誠実をもって神と人との前に生きることが求められています。神の民としての誇りを持って生きるとき、周囲の人々も私たちの背後に「ヤハウェ・エロヒムの臨在」を見ることになるでしょう。

3. 「カイロスの時」に成就する神の約束を信じ抜く

アブラハムが買い取った四百シェケルの土地は、カナンの全地から見ればほんの小さな一画に過ぎませんでした。しかしそれは、全地が神の民の所有となる壮大なカイロスの時(神の定められた時)に向けた、祝福の初穂でした。 神様があなたに見せてくださっている約束、聖書を通して語られている永遠の命と祝福は、必ず実現します。途中で疑うことなく、アーメン(真実)をもって受け留め、主の素晴らしい御言葉に従い続けてまいりましょう。

おわりに:感謝とハレル・ヤハウェの祈り

愛する天の父なる神様、主ヤハウェ・エロヒム。 今日、創世記第23章の深い御言葉を通して、アブラハムの素晴らしい信仰と、サラの生涯を包んでいたあなたの豊かな恵みを学ばせていただきましたことを、心より感謝いたします。

私たちは地上において旅人であり寄留者ですが、あなたご自身が私たちの永遠の住まいであり、確かな約束を与えてくださっていることを思い、胸が熱くなります。目に見える状況に心が揺さぶられるときも、見えないあなたの全能の御稜威(みいづ)と絶対的な支配を仰ぎ見ることができますように。

あなたの定められたカイロスの時に、すべての約束を完璧に成就してくださる主を信頼します。アブラハムが遠くを見つめて祝福の父として歩んだように、私たちもあなたから与えられた祝福の約束をかみしめ、愛と感謝をもって日々を歩んでいくことができますように。 叛逆の勢力を退け、すべてを御旨に従わせられる創造主ヤハウェ・エロヒムの御名を高くほめたたえます。

アーメン。ハレル・ヤハウェ。



©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア

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