フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/10/02 03:07)

フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻

ここにおいて、ただ行為としてのうらみが罰せられるだけではなく、頭の内の心(思考・感情;ヌース)の中にあるうらみもまた裁かれるのです。
私たちは、神の御法にしたがって、私たちの中にひそむ怒りの悪霊と病とに対して、力のかぎり戦い続けなければならないのです。
そして、人々に対して怒りを向けてしまうがゆえに、怒りのきっかけが存在しないと思われる孤独や隠遁の生活を求め、そこにこそ忍耐の徳を容易に成し遂げられるだろうと考えてはならないのです。
なぜなら、私たちは高慢であって、自分自身を責め、自分の心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の怠り動揺のきっかけを帰すことをせずに、むしろ他の兄弟姉妹たちにその責めを負わせようとし、兄弟姉妹たちから離れたいと願ってしまうからです。
しかし、もし私たちが、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の病と怒りの悪霊が動く原因を、つねに他の人々に帰しているならば、私たちは決して、神の御前における忍耐の完成に到達することはできません。
私たちの矯正と平安のために最も大切なことは、他の人々が私たちに対して示してくれる忍耐によって成し遂げられるのではなく、私たち自身が他の人々に対して憎しみを抱かず、恨みを持たないことで成し遂げられるのです。
ところが、忍耐の戦いを避けようとして、荒野や隠遁を求めるならば、私たちがそこへ持ち込むさまざまな癖や情念の病は、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の中にそのまま隠され、決して癒されてはいないのです。
なぜなら、荒野や隠遁は、まだ癒されていない情念を持つ者たちにとって、それをなくすのではなく、かえって隠すことを知っており、どの情念に自分が打ち負かされているのかを感じることさえ許さないからです。
むしろ荒野は、彼らに「自分はすでに徳を得た」と思い込ませ、「自分は忍耐と謙遜を成し遂げたのだ」と信じ込ませるのです。
なぜなら、近くに彼らを刺激し、試す人がいない間は、彼らはそう思ってしまうからです。
ところが、もし怒りを引き起こすような出来事が彼らに臨み、彼らを試すならば、内にしまわれ潜んでいたさまざまな情念は、長い間の静けさと怠惰によって養われて、ちょうど手綱を離された馬のように、隠れ場からいきなり飛び出し、人をより激しく荒々しく滅びへと引きずり込むのです。
人間からの試練がないとき、情念はかえっていっそう獰猛になるからです。
そして、兄弟姉妹と共にいるときには「自分は忍耐と寛容をもっている」と思っていた、あのかりそめの忍耐の影までも、鍛錬を怠り、孤独に閉じこもることで失ってしまうのです。
猛毒を持つ蛇が、荒野の穴の中でじっとしている間は静かであっても、近づく者があればたちまちその毒を吐き出すように、情念に支配された人々も、徳によってではなく、ただ荒野にいるという外面的な理由によって静まっているにすぎないとき、近づいて彼らを刺激する者があれば、その毒を浴びせかけるのです。
ですから、柔和さの完成を求める人は、できるかぎり心がけるべきです。
人に対して怒らないだけでなく、動物に対しても怒らず、さらに命のない物に対しても怒らないようにすべきです。
私はかつて荒野にいたとき、竹の太さや細さが気に入らなかったことで怒ったことを思い出します。
また、すぐに切れない木に対して怒ったこともあります。
また、火を起こそうとしたときに、なかなか火が起きない火打ち石に対して怒ったこともあります。
このようにして、怒りは、感情をもたないものにさえ向かってしまうほどに強くなってしまうのです。


©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア

始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。

フィロカリア 神の徳(アレテ;神への帰還) を 愛する者たちの書 第1巻: 聖なる目覚めの人々(内的な目覚め・慎しみの修道者たち)

フィロカリア 神の徳(アレテ;神への帰還) を愛する者たちの書 第2巻: 聖なる内的な目を覚まし、 心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を守る修行をする人々

フィロカリア 神の徳(アレテ;神への帰還) を愛する者たちの書 第3巻: 聖なる内的な目を覚まし、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を守る修行をする人々

フィロカリア 神の徳(アレテ;神への帰還) を愛する者たちの書 第4巻: 聖なる内的な目を覚まし、 心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の救いのために修行をする人々

フィロカリア 神の徳(アレテ;神への帰還) を愛する者たちの書 第5巻: 聖なる内的な目を覚まし、 心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の上昇のために修行をする人々

フィロカリア;全巻;神の徳(アレテ;神への帰還) を愛する者たちの書 : 聖なる目覚めへ霊(たましひ;プシュケー)の修行をする人々

巡礼者が霊的師父に語った魂の告白: 絶え間ないイエスの祈りの道しるべ;ロシア語原文より主イエス・キリストの憐れみと聖霊の助けによりて邦訳

主イエス・キリスト、我を憐れみ給へ;巡礼者に長老が語ったフィロカリアの抜粋と要約: 主イエス・キリストの憐れみと聖霊の働きによりフィロカリアのギリシャ語原典とロシア語原文から抜粋要訳

『見えない戦争:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;神に依り頼む、悪魔の見えない攻撃から、勝利する方法 ・イエスの祈りによる勝利・聖神°から生きる勝利』

(コーカサスの山々)イエスの祈り;遥かなる今此処に在る静寂の青き山:主・イエス・キリスト、我を憐れみ給へ!;イエスの祈りに依る見えない戦争の勝利

クリスチャン ヨシュア すべての本

まりや ひかり すべての本

イエスの祈りの動画はこちらからご覧いただけます。

イエスの祈り:YouTube

イエスの祈り:Substack

祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。
神は愛なり、愛は祈りなり、
神は愛と祈りと伴にあなたにあり。

Blessing : Art of Love and Benediction : 祝福:愛と感謝の祈りのアート

コメント

このブログの人気の投稿

通読:見えない戦争・コーカサスの山々・神の昇天の階段 (2026/08/27 06:13)

聖書全巻解説:第1巻:創世記: בראשית (ベレシート):初めに;ヤハウェの創世記 第1章 (2026/08/03 11:05)

フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第1章 聖大アントニオス (2026/08/27 03:07)