フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/10/04 03:07)
フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻
主の御旨は、どのような理由にせよ怒りの根や火種を絶つことであり、どんな怒りの口実も抱え続けないことです。
そうでないと、初めはもっともらしい理由で怒っているつもりでも、ついには理性を失った狂乱の怒りへと堕ちてしまうからです。
怒りという病(やまひ)を完全に癒やす道はこれです。
すなわち、正しい理由であろうと不正な理由であろうと、決して怒ることはゆるされないのだと、心の奥深くで信じることです。
なぜなら、怒りが私たちの頭の内の心(思考・感情;ヌース)を暗くしてしまうとき、そこにはもはや分別も、正しい思いも、義も見いだされず、私たちの心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))は聖神゜(せいしん)の神殿となることもできません。
それどころか、怒りの悪霊が私たちを支配し、頭の内の心(思考・感情;ヌース)を暗くしてしまうからです。
さらに最後に、私たちは毎日、死の時がわからないことを目の前に置いて、怒りから身を守るべきです。
そして知るべきです。
もし私たちが怒りと憎しみにとらえられたまま見出されるならば、いかに貞潔を守り、いかに世を捨て、いかに断食し、いかに夜通し目を覚ましていても、裁きの日においてそれらは私たちを救い助けるものとはならないのです。
5 悲しみの悪霊に対する戦について。
第五の戦いは、悲しみの悪霊に対する戦いです。
この悪霊は、すべての属神°(ぞくしん;プネヴマティコス)的な洞察から心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を暗くし、あらゆる善き働きを妨げます。
なぜなら、この悪しき霊が心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を捕らえ、完全に暗くしてしまうと、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))は喜んで祈ることを許されず、聖なる読書の益を忍耐強く受け入れることもできません。
また、人は穏やかであることを許されず、兄弟姉妹たちに対しての心からの思いやりや共感に動かされることもできません。
さらには、すべての働きに対して、また隠遁生活の約束に対してさえも憎しみをもたらします。
悲しみは、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の救いに役立つすべての思いをかき乱し、その働きと忍耐を麻痺させ、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を愚かで無知な者のようにし、絶望という考えに縛りつけてしまうのです。
ですから、私たちが属神°(ぞくしん)的な戦いに挑み、神の助けによって悪しき霊たちに勝利したいのであれば、できる限り注意深く心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を悲しみの霊から守りましょう。
蛾が衣服を食い、虫が木を食い尽くすように、悲しみは人の心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))をむしばみます。
悲しみは人に、良い属神°的な交わりを避けるように仕向け、真実の友からの助言を受け入れさせず、良い平和な返答をも与えさせません。
そのうえ、悲しみは心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を満たして不満、倦怠、憂鬱で満たします。
©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア
始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
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主の御旨は、どのような理由にせよ怒りの根や火種を絶つことであり、どんな怒りの口実も抱え続けないことです。
そうでないと、初めはもっともらしい理由で怒っているつもりでも、ついには理性を失った狂乱の怒りへと堕ちてしまうからです。
怒りという病(やまひ)を完全に癒やす道はこれです。
すなわち、正しい理由であろうと不正な理由であろうと、決して怒ることはゆるされないのだと、心の奥深くで信じることです。
なぜなら、怒りが私たちの頭の内の心(思考・感情;ヌース)を暗くしてしまうとき、そこにはもはや分別も、正しい思いも、義も見いだされず、私たちの心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))は聖神゜(せいしん)の神殿となることもできません。
それどころか、怒りの悪霊が私たちを支配し、頭の内の心(思考・感情;ヌース)を暗くしてしまうからです。
さらに最後に、私たちは毎日、死の時がわからないことを目の前に置いて、怒りから身を守るべきです。
そして知るべきです。
もし私たちが怒りと憎しみにとらえられたまま見出されるならば、いかに貞潔を守り、いかに世を捨て、いかに断食し、いかに夜通し目を覚ましていても、裁きの日においてそれらは私たちを救い助けるものとはならないのです。
5 悲しみの悪霊に対する戦について。
第五の戦いは、悲しみの悪霊に対する戦いです。
この悪霊は、すべての属神°(ぞくしん;プネヴマティコス)的な洞察から心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を暗くし、あらゆる善き働きを妨げます。
なぜなら、この悪しき霊が心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を捕らえ、完全に暗くしてしまうと、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))は喜んで祈ることを許されず、聖なる読書の益を忍耐強く受け入れることもできません。
また、人は穏やかであることを許されず、兄弟姉妹たちに対しての心からの思いやりや共感に動かされることもできません。
さらには、すべての働きに対して、また隠遁生活の約束に対してさえも憎しみをもたらします。
悲しみは、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の救いに役立つすべての思いをかき乱し、その働きと忍耐を麻痺させ、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を愚かで無知な者のようにし、絶望という考えに縛りつけてしまうのです。
ですから、私たちが属神°(ぞくしん)的な戦いに挑み、神の助けによって悪しき霊たちに勝利したいのであれば、できる限り注意深く心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を悲しみの霊から守りましょう。
蛾が衣服を食い、虫が木を食い尽くすように、悲しみは人の心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))をむしばみます。
悲しみは人に、良い属神°的な交わりを避けるように仕向け、真実の友からの助言を受け入れさせず、良い平和な返答をも与えさせません。
そのうえ、悲しみは心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))を満たして不満、倦怠、憂鬱で満たします。
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読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
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