フィロカリア全巻:第1巻 内的な目覚め・慎しみの修行をする人々:第3章 ローマの聖カッシアノス (2026/10/05 03:07)
フィロカリア:全巻,1巻,2巻,3巻,4巻,5巻
そして人を避けさせ、彼らが心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))に動揺をもたらす原因であると信じさせます。
悲しみの霊は、病が外にあるのではなく、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))にあることを理解させません。
その病は、試練が来て、試みによって表に現れる時に明らかになるのです。
なぜなら、人は心の奥に病のきっかけを蓄えていなければ、他の者から害を受けることは決してないからです。
だからこそ、すべてのものの造り主であり心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の医者である神は、私たちに人付き合いを避けるようには命じず、むしろ私たちの内にある悪の根源を断ち切りなさいと告げておられます。
そして、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の健康は、人と離れて暮らすことではなく、徳ある人たちと共に住み、共に励むことで保たれることを知りなさいと言われるのです。
だからこそ、もし私たちが口実を作って兄弟姉妹たちを離れてしまうなら、それは悲しみのきっかけを断ち切ったのではなく、単にその場所を替えただけであり、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))にある病は、他の事情によって再び揺り動かされてしまうのです。
私たちが戦うべきすべての戦いは、自分の内にある激情との戦いであるべきです。
なぜなら、もしそれらの激情が、神の恵みと御助けによって私たちの心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))から取り除かれるなら、私たちは人間とだけでなく、野の猛獣たちとさえも、やすやすと共に生きることができるからです。
至福なるイヨブ(ヨブ)がこう語っているとおりです。
「野の猛獣たちは、あなたと平和に生きるようになるでしょう」(ヨブ記5章23節)。
ですから、まず何よりも、私たちは心臓の奥底(霊)を絶望に引きずり込む「悲しみの悪霊」と戦い、これを心臓の奥底(霊)から追い出すことに努めましょう。
この「悲しみの悪霊」は、カインが兄を殺めた後に悔い改めることを許さず、またイウダ(ユダ)が至高者・イイスス・ハリストス(主・イエス・キリスト)を裏切った後に悔い改めることをも許さなかったのです。
私たちが持つべき唯一の悲しみは、自らの罪を悔い改めるための悲しみであり、それは善き希望と結びついているものです。
このことについて、使徒はこう語っています。
「神にそなわる悲しみは、悔い改めを生じさせて滅びることのない救いに導く」(コリント人への第二の手紙7章10節)。
この「神にそなわる悲しみ」は、悔い改めの後に続く希望によって心臓の奥底(霊)を養うので、喜びをも交えています。
そのため、この悲しみは、人をすべての善き働きに対して進んで従順にし、近づきやすく、へりくだり、穏やかで、赦しに満ち、あらゆる善き労苦や砕かれた心においても忍耐強くするのです。
この悲しみは「神にそなわる悲しみ」であるがゆえに、その人の内に聖神°(せいしん)の実りをあらわします。
すなわち、喜び、愛、平安、長く忍ぶこと、善良、信仰、節制(ガラテヤ人への手紙5章22節)です。
©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア
始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
フィロカリア 神の徳(アレテ;神への帰還) を 愛する者たちの書 第1巻: 聖なる目覚めの人々(内的な目覚め・慎しみの修道者たち)
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祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。
神は愛なり、愛は祈りなり、
神は愛と祈りと伴にあなたにあり。
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そして人を避けさせ、彼らが心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))に動揺をもたらす原因であると信じさせます。
悲しみの霊は、病が外にあるのではなく、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))にあることを理解させません。
その病は、試練が来て、試みによって表に現れる時に明らかになるのです。
なぜなら、人は心の奥に病のきっかけを蓄えていなければ、他の者から害を受けることは決してないからです。
だからこそ、すべてのものの造り主であり心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の医者である神は、私たちに人付き合いを避けるようには命じず、むしろ私たちの内にある悪の根源を断ち切りなさいと告げておられます。
そして、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))の健康は、人と離れて暮らすことではなく、徳ある人たちと共に住み、共に励むことで保たれることを知りなさいと言われるのです。
だからこそ、もし私たちが口実を作って兄弟姉妹たちを離れてしまうなら、それは悲しみのきっかけを断ち切ったのではなく、単にその場所を替えただけであり、心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))にある病は、他の事情によって再び揺り動かされてしまうのです。
私たちが戦うべきすべての戦いは、自分の内にある激情との戦いであるべきです。
なぜなら、もしそれらの激情が、神の恵みと御助けによって私たちの心臓の奥底(霊(たましひ;プシュケー))から取り除かれるなら、私たちは人間とだけでなく、野の猛獣たちとさえも、やすやすと共に生きることができるからです。
至福なるイヨブ(ヨブ)がこう語っているとおりです。
「野の猛獣たちは、あなたと平和に生きるようになるでしょう」(ヨブ記5章23節)。
ですから、まず何よりも、私たちは心臓の奥底(霊)を絶望に引きずり込む「悲しみの悪霊」と戦い、これを心臓の奥底(霊)から追い出すことに努めましょう。
この「悲しみの悪霊」は、カインが兄を殺めた後に悔い改めることを許さず、またイウダ(ユダ)が至高者・イイスス・ハリストス(主・イエス・キリスト)を裏切った後に悔い改めることをも許さなかったのです。
私たちが持つべき唯一の悲しみは、自らの罪を悔い改めるための悲しみであり、それは善き希望と結びついているものです。
このことについて、使徒はこう語っています。
「神にそなわる悲しみは、悔い改めを生じさせて滅びることのない救いに導く」(コリント人への第二の手紙7章10節)。
この「神にそなわる悲しみ」は、悔い改めの後に続く希望によって心臓の奥底(霊)を養うので、喜びをも交えています。
そのため、この悲しみは、人をすべての善き働きに対して進んで従順にし、近づきやすく、へりくだり、穏やかで、赦しに満ち、あらゆる善き労苦や砕かれた心においても忍耐強くするのです。
この悲しみは「神にそなわる悲しみ」であるがゆえに、その人の内に聖神°(せいしん)の実りをあらわします。
すなわち、喜び、愛、平安、長く忍ぶこと、善良、信仰、節制(ガラテヤ人への手紙5章22節)です。
©Christian Joshua;クリスチャン・ヨシュア
始まりのための終わりの時代だからこそ、
読書と祈りで、
自分自身と神との関係を見つめ直してみませんか。
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祝福:愛と感謝の祈りで、神と交わして、歓びに浸ってみませんか。
神は愛なり、愛は祈りなり、
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